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東日本大震災慰霊法要(※長文ですが読んでください) [※主観※]


先日ブログにて申し上げたように、
3月11日 滋賀県近江八幡にある日蓮宗本山 瑞龍寺にて
東日本大震災の一周忌慰霊法要を厳修いたしました。

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大津市本要寺と京田辺市法華寺の檀信徒と共に行って参りました。
当日参加した檀信徒が下記ブログにて報告をしています。
宜しければご覧ください。

http://bosatudan.blog.so-net.ne.jp/2012-03-11



私からもご報告いたします。

当日はお寺を出発する前に、弔旗を掲げました。

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現地では、まず12時から近江八幡市内を45分ほど行脚いたしました。
間違った捉え方をしていただきたくないので、敢えて申し上げますが、
行脚はパフォーマンスではありません。
子どもから大人まで、僧侶から檀信徒、老若男女、皆で行脚し、
皆が精一杯の声を上げ、心を込めて、それを力に変えて太鼓を叩き、
慰霊の思いが被災地へ被災者へ届いてほしいと願いながら、
歩き続けました。
お題目を唱え続けました。

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行脚もスタート時より終わる頃には歩く人数も増えました。
道行くところでは、同じ気持ちの方が手を合わせてくれているのを見かけました。
形はどうであれ、思う気持ちが一緒であれば良いと思います[exclamation×2]


行脚の後は、ロープーウェイで山へ上がり瑞龍寺にて
午後2時より慰霊法要をいたしました。


その頃には多くの檀信徒が集まり、本堂が人であふれていました。
当日檀信徒により建立された慰霊の卒塔婆は250本を越え
300本近くだったと聞きました。
慰霊法要にて建立された卒塔婆は全額被災地へ義捐金として
送られるそうです。
そして卒塔婆は木粉にして、被災地へまかれる予定だそうです。


午後2時に始まった慰霊法要では、小学生幼稚園生も
おとなしく法要に参加していましたし、正座も頑張っていました。
普段のお寺の法要とは違う・・・ 雰囲気から少しでも伝わって
いたのでしょうか?

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ちょうど地震発生の時間、14時46分には堂内では皆で
お題目を上げておりました。
僧侶も檀信徒も一心にお題目を唱えていたのですが、
その瞬間 「ただいま14時46分。地震発生の時刻を迎えました」
との声が聞こえ、

『あぁ、ちょうど一年前の今、多くの人の人生が変わったんだ。
 一瞬で全てが変わってしまったんだ。
 物故者の中には自分が亡くなったことさえ気づいていない人も
 いたかもしれない。
 津波でさらわれた人は、どれだけ怖かったろう。寒かったろう。
 物故者も被災者も皆が各々、体験したことのない恐怖に襲われ、
 どれだけ心細かったろう。無念な思いが残ったろう。』

法要に心を込めるため押し込めていた色々な思いが一気にこみ上げてきました。


亡くなられた方の無念さ、被災者の心の傷は決して癒えないでしょう。
それでも皆の祈りによって、少しでも前向きに生きる力の糧になれば。
そう願って・・・


祈りは目に見えないけれど、絶対に無意味ではありません[exclamation×2]


東京では私鉄が14時46分に全ての電車をストップさせ、黙祷の時間を
設けたそうです。
それを事前に表明したとき、その考えに対し、

「そんなことして何になるんだ。電車を利用する人のことを考えていないのか。
 そんなことをしたって死んだ人が生き返るわけではないのに。」

などと酷いことを言う苦情もあったそうです。

何故そのような考え方になれるのか理解できませんが、
これだけは言えます[exclamation×2]

祈ることは相手を思うことです。
思いやりがあるからこそ出来る自然な事です。理屈じゃなく。
上記のような屁理屈でもなく[exclamation×2]
死者を蘇らせるために祈るわけではありません。たとえば、
葬儀で亡くなった方を蘇らせるために手を合わせるのですか?
違うでしょう。
亡くなった方が道に迷わないように、次の世界へと安らかに導かれて
いけるように、皆で手を合わせるのです。祈るのです。
その祈る力が、亡くなった人の善業となって、力となるのです。


意味が分からなくたって、亡くなった方に祈りを捧げるのは
古来から人間の営みの中で普通にする行為です。
そこには国も人種も関係ありません。
ですから、世界中で日本に対し3月11日に黙祷を捧げ、
祈りを捧げてくれる人たちがいたのです。
同じ日本人なのに、そんなことも分からないのは非常に悲しいですね。



話が少し逸れてしまいましたが、当日は震災物故者、被災者、
被災地へ向け、日本はもとより世界から心ある祈りが
送られたことは本当に素晴らしいことだと思いますし、
有り難いことだと思います。


一年経った今も、何一つとして解決していないどころか、
復興への明るい兆しさえ見えてこない状況です。
被災地では被災者の方が全国市民の力も借りながら
独自に復興を目指し、苦しみながらも一所懸命に生きています。


現政府や国会議員の方々には言いたいことは山ほどありますが、
まずは被災地へ全員が目を向け、真剣に出来ることを考えて
いってほしいと思います。
やはり市民単位では大きな事は難しいのです。

それから物故者、被災者はもとより、震災で職務を全うし亡くなられた
消防団、警察官、自衛官、公務員の方々に敬意を払ってほしいと
思います。

よその国に便宜を図ることばかりに力を注がずに[exclamation×2]



祈りは区切りの時にすると決まっているわけではないので、これからも
時間のあるとき、ふと思い出すとき、祈りを捧げてください

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コメント 3

HERO

その苦情 ホントに醜いですね 
人の事を思う気持ちがなく、自分の利益しか考えない方が増えてきてますね。
祈るのは、ただなんでいくらでも出来るのに・・・・。


因みに私も政治には言いたい事あり 議事堂に乗り込んで行きたいぐらいです。

あっ!問題になりますか(汗)
by HERO (2012-03-16 18:49) 

日梵

HIRO様 同感です。

政権与党の政治家は吐いた唾を平気で飲む、かけた梯子を平気で外す。信念を感じられません。

国民は他力本願で何でも人任せ、なのに自己主張だけは一人前。

その自己主張も、あらゆる価値観を尊重する自由で豊かな(?)社会だけに、屁理屈を発言していることに気づかない。もしくは確信犯。

物事を損得でしか計ることのできない価値観。

人の恩や良き気持ちは受けるのに(得) 恩や気持ちを返さない(損)ハイエナのような状態。

何とか変えていきたいですね。
by 日梵 (2012-03-16 19:25) 

りんこ


☆ HERO様 ☆

コメントありがとうございます。
私も同じ気持ちです。
礼節ある日本人としていたいので乗り込みませんが(笑)
そのくらいの怒りは抱えていますよ(^^)
本当に日本のことを考える日本人なら、皆さん同じ気持ちです。
議員の多くは保身第一みたいですけどね。
by りんこ (2012-03-17 15:35) 

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